Camino de Mozarábe(モサラベの道)その2



3.モサラベの道 (Camino de Mozarábe)
        コルドバ(Cordoba)からメリダ(Merída)へ   
  

   3.1  コルドバ(Cordoba)からセロ・ムリアノ(Cerro Muriano)
         2018年10月 7日(日)  晴れ       18.4Km     25,399 歩
 
   

      Cordoba(07:15)- ローマ橋(08:15)- Peñatejada記念碑(09:00)
       - Santuario de Nuestra Señora de Linares(10:05)- N432A(11:20)
             - Cerro Muriano(12:40)


  コルドバ(Cordoba)からセロ・ムリアノ(Cerro Muriano)迄は18.4kmですがこの区間は約400mの標高差があるので早めに宿を出てサンティアゴ教会の前まで歩き近くのBatに立ち寄って朝食を食べて街を出ました。住宅街を抜けてスペイン鉄道(Renfeの)線路下を潜ると小さなローマ橋がありました。コルドバ(Cordoba)の町を見下ろしながら国道(N432)脇の巡礼路を緩やかに登って行きます。暫く歩いて道路(CP-3101)に出ると広い公園の入口に記念碑(Puerta Entrada Parais Arenar)がありました。巡礼路は街中へ入らず住宅街の道を登っていると前方からハイキング姿の人が下りてきて声を掛けられました。話をするとCordoba友の会(Asociación de Amigos del Camino de Santiago de Córdoba - Camino Mozárabe)の役員"Manual"さんとの事でモサラベの道(Camino Mozarábe)についてメリダ(Merida)までのコース状況や宿泊先などを親切に教えてくれ、今夜の宿へ電話を掛けて予約制までして頂きました。立ち話は30分程度になりましたがこれが後で大変役立ちました。

  巡礼路は次第に山道を登って行きますが1時間程度でリナレスの聖母教会(Santuario de Nuestra Señora de Linares)への道路があり300m程度の様でしたので立ち寄る事にしました。リナレスの聖母教会(Santuario de Nuestra Señora de Linares)は意外に大きい建物で9世紀にフェルナンドⅢ世が軍事的な要塞として塔を建設しイスラムの監視台であった歴史があるとの事です。日曜日の為かミサの準備をしている方がいて教会の方にスタンプを貰いました。

 此処からはハイキング此処の様な山道に変わり何人かのハイキングの人が降りて来ました。道に岩肌がある個所を通過して次第に景観も良くなり、峠を越え一旦道路(N430A)へ出て再び山道へ戻り、ミラドール教会(Ermita Mirador)を過ぎると眼下に整然とした松林が見え始めて道路(N430A)へ降り、道路沿いのセロ・ムリアノ(Cerro Muriano)の村へ着きました。 この村の付近はかつて銅鉱山で栄え鉱山跡の遺跡も残っていますが現在は道路沿いの静かな村です。此処もAlbergueが無いので道路沿いのHostalへ泊まりました。

宿泊先:Albergue Peregrinos "La Casa del Brigadier"

  

   *この行程の注意事項、コメント 

① リナレスの聖母教会(Santuario de Nuestra Señora de Linares)からはハイキングコースの様な山道ですが登りの傾斜はそれ程厳しい道ではありませんでした。全体に標識(道標)は完備されています。
(コルドバ市内では建物に巡礼路のマークが見られました。)

②コルドバ(Cordoba)から1時間程度の街(Urb. Torreblanca)にはレストラン等が有るようですが巡礼路沿いでは無いため確認できませんでした。その他途中にBar等はありません。

Cordoba 1 Cordoba 2

     ローマ橋(石橋)

     コルドバ友の会の方と話す
Cordoba 3 Cordoba 4
     リナレスの聖母教会         石の巡礼路 
Cordoba 5 Cordoba 6
        峠付近から     セロ・ムリアノの通り   

 


   3.2 セロ・ムリアノ(Cerro Muriano) からビジャアルタ(Villaharta)へ    
        2018年10月8日(月)  晴れ      21.2km     33,823歩

 

     Cerro Muriano(07:30)- Estacion de Obejo(08:10)- 廃線跡(09:05)
         ー 廃道(09:45)- El Vacar(10:40)- Villaharta 2500m 道標(11:55)
           ー Villaharta(13:20) 


 セロ・ムリアノ(Cerro Muriano)の宿で朝食を食べ宿から道路(N432Aa)の歩道を歩いていくと広大な軍事基地が広がり丁度朝の朝礼か食事に向かう若い人たちの行列が見られました。軍事基地を過ぎると道路に並行した農道へ入ります。15分程歩くと道路脇にオベホ駅(Estación de Obejo)の説明版が有りましたが駅舎の跡は残っていません。この付近にはかつてスペインでも有数な銅の鉱山がありコルドバ(Cordiba)から北部のペニャロヤ= プエブロヌエボ(Peñarroya-Pueblonuevo)経由でメリダ(Merída)方面へ延びる鉄道(鉱山採掘用鉄道)があったとのことです。

 巡礼路はオリーブ畑も少なくなりやや荒れ地の風景に変わり何処か(銀の道)Via de la Plataの風景に似てきました。廃線跡の線路を渡りと直ぐに移設の為にか使用しなくなった道路に出て約1時間程度歩きます。 この廃道の道も終わるとバカル(El Vacal)の村に着きBarがあり暫く休憩をしました。ここから城跡様な廃墟を見ながら道路(N432a)に並行して少し登ると前方にビジャアルタ(Villaharta)の村が見え始めました。

 林の中を下るとビジャアルタ(Villaharta)へ2500mの道標があり、道路(N432a)の道路下を潜るとホテルの入り口の看板があり前方のやや上に、Hostal Restaurante El Curce de Villahartaの建物がありますが、巡礼路はまた農道の様な道へ入り村まで登ります。 村の入り口にコルドバ友の会の方が紹介してくれたBarがあり宿泊も出来るとの事で今日はここへ泊まる事にしました。ビジャアルタ(Villaharta)は人口約760人程度の小さな村で標高は約580m程度の高台にあり、夕方はBarのテラスからの夕景が素晴らしかったです。

宿泊先:Bar Mirasierra

 

   *この行程の注意事項、コメント  

① セロ・ムリアノ(Cerro Muriano)から軍事基地を通り過ぎるまでは道路の歩道を歩き、廃道の区間も舗装道路を1時間程度歩きますが ビジャアルタ(Villaharta)まで道路(N432a)に並行した道で道標もあり問題はありません。

② バカル(El Vacal)は2軒程度のBarがありました。ビジャアルタ(Villaharta)にはBar Mirasierra以外にHostalがあります。


Cerro Muliano 1 Cerro Muliano 2
      オベホ駅の掲示版         途中の廃線跡
Cerro Muliano 3 Cerro Muliano 4
     廃道の舗装道路を歩く     バカル(El Vacal)のBar前
Cerro Muliano 5 Cello Muliano 6
        坂道を下る     ビジャアルタ(Villaharta)
 
 
 

   3.3 ビジャアルタ(Villaharta)からアルカラセホス(Alcaracejos)へ    
        2018年10月9日(火)  晴れ      18.5Km(35Km)  33,944歩

 
 
    Villaharta(07:20)- 岩峰付近(10:10)- Rio Guadalbalbo支流の橋(11:30)-
          18.5Km標識(12:25)- 道路(12:35)= タクシー = Alcaracejos(13:15)

   

 ビジャアルタ(Villaharta)からアルカラセホス(Alcaracejos)までの区間は35km有るため全て歩くのは難しいと考えていましたが、前日に皆で考え途中からタクシーを呼んで短縮する事にしました。タクシー会社へ連絡すると18km付近で道路(N502)への迂回路(Desvio)が有るので其処で待っていて欲しいとの事でした。

 ビジャアルタ(Villaharta)の宿を暗いうちに出発すると村の上まで登って巡礼路は直ぐに農道の道になります。この付近はオリーブ畑は見られなくなってコルク樫の樹林が広がる道になりますが何処か日本の南アルプスの林道歩きの様な景観です。この付近には果樹もありJavierさんが名前を教えてくれましたがなかなか覚えられません。何もない山道でしたが豚の飼育場が途中に見られましたが付近に民家はありません。やがて北西の斜面に岩峰が見え近づくと数件の民家と岩の上に十字架が建てられてはいました。その岩峰の方へ行く道と合流してやや広い農道になり前方に数軒の家が有る村見えました。

 小川の橋を渡りやや登り道になり村へ向かう道路を過ぎてオリーブ畑を歩いて行くとやや広い農場り仕事中の老人がいたので話をしましたが付近に何も無いこの場所で独りで暮らしているとの事でした。 15分程度で道路に18kmと書かれた標識があり道路(N502)へ向かう道路がありました。その道路を約500m程歩くと鉄製のモニュメントが有る広場に着きそこでタクシーを待ちアルカラセホス(Alcaracejos)へ向かいました。

 アルカラセホス(Alcaracejos)は人口約1,600人程度の村で農業が主体ですが、かつては鉱業で働く人でにぎわっていたとの事です。村に入る道路(N502)脇にAlbergue(La Casa del Peregrino)が有り8人程度のベット数ですが内部は新しく設備も良く綺麗でリビングにテレビまで有りました。 

  宿泊先:La Casa del Peregrino


   *この行程の注意事項、コメント  

① 途中は山道で民家も殆ど見られず標識は少ないですが特に問題はありません。アップダウンもそれ程厳しくありません。タクシー会社はアルカラセホス(Alcaracejos)にあります。(前日予約)

② アルカラセホス(Alcaracejos)のAlbergueは電話で連絡するとホスピタレラ来てくれます。レストランも近くにあります。


Villaharta 1 Villaharta 2
       緑の多い巡礼路         コルク樫の林  
Villaharta 3 Villaharta 4
       山腹の岩峰        明るく広い巡礼路
Villaharta 5 Villaharta 6
      18㎞地点の標識と分岐      道路(N502)脇の広場
 



   3.4 アルカラセホス(Alcaracejos)からイノホサ・デル・ドゥケ(Hinojosa del Duque)へ    
         2018年10月10日(水)  晴れ      21.6Km     34,975歩

 
 
    Alcaracejos(7:15)- Fuente la Lancha(09:10)- Ermita Virgen de Guia(11:15)
                                 ー Hinojosa del Duque(13:10)

  

 今日の行程を確認すると道路(A-422)に沿った巡礼路で大きなアップダウンも無いので気分も楽にゆっくり歩く事にしました。アルカラセホス(Alcacejos)の村を出発すると直ぐに広々とした平原で所々にコルク樫が見られ、日が昇る頃には既に収穫を終えた麦畑も有りました。ゆったりとした平原を1時間半程度歩くとフエンテ・ラ・ランチャ(Fuente la Lancha)の村に着きました。ここは人口約350人との事でコルドバ県でも小さな村で道路(A-422)から離れているためかBarは見あたらず広場に面した小さな教会(Igresia de Sanata Catalina)が印象的でした。

 村を過ぎて道路(A-422)沿いの道に出てグアダマティリャ川(Río Guadamatill)を渡って道路(A-422)と反対側の巡礼路になると羊の牧場などを眺めてのどかな平坦な道を歩きます。 道路(A-422)と並行な農道ですが車の音も聞こえず静かな巡礼路で快適です。やがて道路(A-422)に近ずく道になり公園(Zona Recreativa)に着くと小さな教会(Ermita Virgen del Guia)が建っている公園が有りました。同僚のJavierさんが遅れたので丁度ベンチ等も有るので暫く待ちながら休憩としました。

 道路(A-422)を横断して暫く歩くと徐々に工場や倉庫等が現れ1時間程度でイノホサ・デル・ドウケ(Hinojosa del Duque)の街の公園に着きました。 イノホサ・デル・ドウケ(Hinojosa del Duque)は人口約7,000人の比較的大きな街です。この珍しい街の名前は付近で収穫できるドングリが品質が良く有名であったことからアラビア語の語源する"Llano de las Bellotas"によるものです。市内には16世紀に建設された大聖堂(Igresia de San Juan de Bautista )や17世紀の女子修道会(Condal de los Sotomayor)の修道院(Convento de las Madres Concepcionistas)等の歴史的な建物があります。

 街の入り口の公園のBaarで休んで歩き始め商店街を抜けると大聖堂(Igresia de San Juan de Bautista)や市役所(Ayutamiento)等の有る広場にでました。 市役所の中に有る警察署からAlbergueの鍵を借りましたがAlbergueは市役所の直ぐ裏に有りました。

  宿泊先:Albergue de Peregrinos Municipal

 

   *この行程の注意事項、コメント  

① フエンテ・ラ・ランチャ(Fuente la Lancha)の村にはBarはありません。 教会(Ermita Virgen del Guia)のある公園にベンチ等の休憩場所がありましたが水場等は見当たりませんでした。

② イノホサ・デル・ドウケ(Hinojosa del Duque)まで終始平坦な道で問題はありません。(日差しを遮る木もないので夏は暑い区間かと思います。)


Hinojosa 1 Hinojosa 2
   アルカラセホスの村から     フエンテ・ラ・ランチャの教会 
Hinojosa 3 Hinojosa 4
     コルク樫の巡礼路     Ermita Virgen del Guia
Hinojosa 5 Hinojosa 6
 イノホサ・デル・ドウケの市役所        市役所前の広場
 


   3.5  イノホサ・デル・ドウケ(Hinojosa del Duque)から
                 モンテルビオ・デ・ラ・セレナ(Monterrubio de la Serena)へ    
         2018年10月11日(木) 小雨後晴れ    (32.2Km)   バス移動

     

      Hinojosa del Duque(13:30) =バス = Cabeza del Buey (14:00-14:30)
                        =バス= Monterrubio de la Serena(15:00)

  

 これまで連日の好天が続いていましたが季節は変わり目に来ている様で、昨日の午後から雲が多いと思っていましたが朝起きてみると雨が降っていました。この区間は32kmで歩けない距離では有りませんでしたが念のためタクシー調べて問い合わせると、モンテルビオ・デ・ラ・セレナ(Monterrubio de la Serena)の手前約8kmに有る聖母アルカンrヒジャス教会(Ermita de Nuestra Seññra de la Alcantarillas )の所で有れば迎えに行けるとの事でした。

 しかし同僚のJavierさんの調子が悪い事と雨が降っていたので今日は歩かずバスでモンテルビオ・デ・ラ・セレナ(Monterrubio de la sSerena)へ行くことになりました。バスの時刻が午後の為、市内を見て回り巡礼路も街を離れる所迄行ってみました。巡礼路は昨日と同様に平坦な農道で続いていますが市内へ戻って大聖堂や修道院を見学しました。

 モンテルビオ・デ・ラ・セレナ(Monterrubio de la Serena)までのバスは直通の便もありますが曜日によって直通は無く、今日はカベサ・デル・ブエイ(Cabeza del Buey)経由で乗り換えになりました。途中でバスの待ち合わせもあり1時間半程度でモンテルビオ・デ・ラ・セレナ(Monterrubio de la Serena)へ着いてAlbergueの管理人へ連絡をすると暫くしてホスピタレラが来て受付をしてくれました。一緒に歩いているフランス人カップルは歩いて来ましたが昼前には雨があがったので歩いても問題は無い区間でした。

 宿泊先: Albergue de Peregrinos

 

   *この行程の注意事項、コメント  

① 区間の距離は32Kmですがアップダウンも無いので歩ける距離と思います。タクシーはモンテルビオ・デ・ラ・セレナ(Monterrubio de la Serena)から約8Km手前の道路(A-3280)沿いの Ermita de Nuestra Seññra de la Alcantarillas まで迎えに来てくれるとの事です。

② この区間でアンダルシア州からエクストラ・マデゥーラ州になります。


Monterrubio 1 Monterrubio 2
    Hinojosa de Duque大聖堂        大聖堂裏手の広場
monterrubio 3 Monterrubio 4
      女子修道院(1)         女子修道院(2)
Monterrubio 5 Monterrubio 6
    Cabeza del Bueyバス停 Monterrubio de la Serenaのアルベルゲ
 


   3.6 モンテルビオ・デ・ラ・セレナ(Monterrubio de la Serena)から
                            カストウエラ(Castuera)へ    
        2018年10月12日(金)  晴れ       19.0Km     36,428歩

     

    Monterrubio de la Serena(07:15)ー Laguna de Poyatos(09:25)ー 分岐(10:20)
                                  - Castuera(12:05) 

  

 幸いにも天候は回復してきたので朝日を見ながら快調に歩き始めました。巡礼路は旧道の様な道路(Camino de Castuera)で道幅の広い舗装道路ですが殆ど車の通行は無く静かな道を歩くことができます。単調な見通しのよいコルク樫の広がる原野ですが1時間ほど歩いて行くと羊のいる牧場が有りました。群の中に数日前に生まれた様な子羊がいました。牧場を過ぎると約2時間程度で貯水池(Laguna de Poyatos)が有りましたが水は有りませんでした。 再び同じ様な景観の原野を歩いてやや道なりに右手に曲がって同様なコルク樫の原野をあるきます。道路は下り坂になり小さな川を渡って次第に緩やかな登り道になり、やがて左手からカストウエラ(Castuera)への道路(BA-051)に出て街中へ向かいます。

  カストウエラ(Castuera)の中心部のスペイン広場(Plaza de España)には聖マリア・マグダレナ教会(Igresia Santa Maria Magdarena)があり、Albergueの鍵は広場の市役所(Ayuntamiento)横の警察署で借りました。カストウエラ(Castuera)は人口約6,000人の小規模な街ですがここは坂道の多い歴史の有る街でローマ時代の井戸も残っています。Albergueは中心の広場から5分程度で清潔な設備の良い建物したが昼食を食べに坂上のホテルのレストランまで行きました。午後は街中を見学しましたが丁度フランス人の巡礼者がこ街でCamino Mozarábeの展示会を行うとの事でAlbergueに泊まっていました。夜ワインをに飲みながら皆で話をしましたが、彼は学生時代の1970年頃にフランス人の道を歩いたとの事ですが当時はクレデンシャルは自作でサンチアゴ到着時は数100番目の巡礼証明書(Compostela)であったと言っておりました。

宿泊先: Albergue de Peregrinos

 

   *この行程の注意事項、コメント  

① この区間の途中にBar等はありません。民家などもほとんどなく平坦な単調な巡礼路です。

② モンテルビオ・デ・ラ・セレナ(Monterrubio de la Serena)から カストウエラ(Castuera)方面への道路(BA-051)から巡礼路へ入る所で注意が必要ですが、あとは殆ど直線の道路で標識は少ないですが迷うこともありません。


Caustuera 1 Caustuera 2
       朝の巡礼路          羊の牧場 
Caustuera 3 Caustuera 4
      カストウエラ方面を望む         スペイン広場  
Caustuera 5 Caustuera 6
       ローマ時代の井戸         Albergueの入り口
 


   3. 7  カストウエラ(Castuera)からカンパナリオ(Campanario)へ    
          2018年10月13日(土)  晴れ      20.0Km     34,442歩

     

     Castuera(07:20)ー Estacion de Quintana de la Serena(09:10)
                      ー Renfe 陸橋(10:50)ー Campanario(12:30) 

  

 暗い内にAlbergueを出発して街を離れると朝日が登ってくるのに暫く見とれました。巡礼路は昨日と異なり非舗装の広い農道で朝日を受けながら気分良く歩けます。この付近もコルク樫の広々とした大地です。暫く歩き坂を下るととグアダレフラ河(Rio Guadalefra)の橋があり鉄道の鉄橋も並行して川に掛かっています。この線路沿いの巡礼路を歩いて行くとキンタナ・デ・ラ・セレナ(Quintana de la Serena)の駅が有りました。ここにはAlbergueが併設されているとの事ですが特に看板などは見られませんでした。付近には家も無く乗客がいるのか心配になりましたがキンタナ・デ・ラ・セレナ(Quintana de la Serena)の街はここから西へ3km程度の所にあるようです。付近は広々とした丘陵地で静かな所ですがこの付近は自然保護区になっているようで動植物の看板も有りました。ここには日本と同類の鶴もいるとの事です。電柱には大きな鷹のような鳥も見られました。

 緩やかな丘陵地を歩き刈り取りの終わった麦畑を過ぎ養豚場の建物を見ててRenfeの陸橋を渡ると前方にカンパナリオ(Campanario)の街も望めます。やや見通しの良い広い道を歩いて行くと石切場も有りましたが、ここまでの道の周りには多くの岩石があり農業に適した場所では無いようです。 巡礼路は道路(EX-104)に出てやや歩いてから反対側の道からカンパナリオ(Campanario)の街に入りカルメン広場(Plaza de Carmen)に着きBarビールを飲んで休みました。カンパナリオ(Campanario)は人口約5000人の小規模ン街です。かつて街の丘の上に鐘ねのある城壁があった事が街の名前の由来の様です。16世紀には街の中心にある被昇天聖母教会(Igresia Nuestra Señora de la Asunción)が建てられています。今日は土曜日で街の教会で結婚式があり街中もどこか賑やかでしたが今日はPencionへ泊まる事決め連絡するとオーナーが広場まで迎えに来てくれました。

 宿泊先: Pención Malay

 

   *この行程の注意事項、コメント  

① この区間の途中にBar等はありません。前日と同様に平坦で静かな単調な道ですが非舗装道路で歩きやすい巡礼路です。

② カンパナリオ(Campanario)には街中から2Km程度離れたRenfe駅に”Albergue Antigua Estación de Tren"があります。WebサイトのAlbergueリストには街中に "Pabellón Municipal"があるとの事ですが閉鎖されていました。


Campanario 1 Campanario 2
      朝の巡礼路を歩く    グアダレフラ河の橋
Campanario 3 Campanario 4
  キンタナ・デ・ラ・セレナ     広々したコルク樫の原野
Campanario 5 Campananrio 6
       Renfeの陸橋から      カンパナリオの広場
 


   3.8 カンパナリオ(Campanario)からラ・アバ(La Haba)へ    
        2018年10月14日(日)  晴れ      19.0Km     30,973歩

     

     Campanario (8:20)ー Yacimiento Arqueologico de La Mata(09:20)
                         ー Magacela(11:10)- La Haba(13:20) 

  

 昨夜はPención Maryの階下がBarでDiscoになっていたので夜半まで大きな音楽が聞こえて寝る事が出来ませんでした.また昨日午後に警察署から夜半に強い前線と低気圧の通過で風雨が強まるので午前中の行動は注意した方が良いとの事でした。しかし深夜に2時間ほど強い風雨が有った程度で朝には雨は上がりましたが朝にはまだ強い風が吹いていました。

 昨夜は寝た覚えもないほどの浅い睡眠でしたが警察の注意もありゆっくり起きて向のBarで朝食を食べて出発しました。村から出発する巡礼路は持っているGPStrackと異なりスポーツセンター(Pabellon Municipal de Deportes)の横から歩き始めて街を離れました。畑や農場等も無く起伏の無い荒野が広がっており30分程度でRenfeの陸橋を渡る頃には空には青空が見えてきましたが相変わら強い風が吹いています。次第に前方に丘が見え始めやがて白い家並みも見えたのでマガセラ(Magacela)の村で有ることが判別出来ました。周辺には山なども無いため特異な景観に圧倒されます。村までまだ距離も有りましたが次第に家の形や頂上に城跡が有るのを判別出来るようになりました。

 カンパナリオ(Campanario)から1時間程度歩くと屋根で覆われた遺跡の発掘現場(La Mata)が有りましたがここはスペインの古代人Yacimiento(ヤシミエント)が紀元前5世紀から8世紀に使われた城壁で2階建ての構造で当時の建築様式となっています。現在発掘作業が行われているため周囲は金網に閉鎖されてみることは出来ませんでした。やがてマガセラ(Magacela)の村の入り口に着きましたが広場の近くにPanaderia(パン屋)が有ったのでビスケットと自販機のコーヒーを買って寝不足で遅れ気味の友人Mikelを待ちました。

 マガセラ(Magacela)の村の名前はアラビア語で"偉大な母"又は"大きな家”から付けられたと言われていますが村の歴史は先史以来に遡り青銅器時代の石碑も残っています。(現在はレプリカが村にあります。) この村もレコンキスタによりイスラムの支配からフェルナンドⅢ世の1234年に解放されました。人口約530人と小さな村ですが標高485mの頂上にはローマ時代からの要塞であるマガセラ城(Castillo de Magacela)が聳えています。セマナサンタ(聖週間)等のお祭りも行われており多くの観光客が訪れています。

 巡礼路はマガセラ(Magacela)の村の中を登って行きますがラ・アバ(La Haba)の村へ向かう道路(BA-084)が迂回していますのでその道を通って村の出口まで登りました。 ここからラ・アバ(La Haba)までは道路(BA-084)を下って行きますが牧場などを見渡す景観の良い道路です。途中でマガセラ(Magacela)の村から降りて来る巡礼路と合流して約1時間程で道路沿いのラ・アバ(La Haba)のAlbergueに着きました。このAlbergueは公営(Municipal)でHospitaleraも受付をしてくれ久し振りにAlbergueらしい設備でした。

 ラ・アバ(La Haba)も珍しい名前ですがラテン語の豆(faba)が由来でスペインのコロンブスによるアメリカ大陸征服時代にこの村から活躍した人が多くいたとの事です。昨夜の寝不足もあり近くのレストランで食事をして皆で早めに休みました。

 宿泊先: Albergue  Municipal 

 

   *この行程の注意事項、コメント  

① マガセラ(Magacela)の村にはホテルやCasa Rural、レストラン等もありここへ宿泊して見学するのも良いかと思います。

② マガセラ(Magacela)までは樹木もアップダウンも無い荒野ですが道標もあり問題ありません。


La Haba 1 La Haba 2
      荒野の巡礼路      マガセラ(Magacela)の遠景 
La Haba 3 La Haba 4
    ヤシミエントの遺跡(La Mata)     マガセラ(Magacela)の全景 
La Haba 5 La Haba 6
     道路(BA-084)を下る     ラ・アバ(La Haba)のAlbergue
 


   3.9 ラ・アバ(La Haba)からサンタ・アマリア(Santa Amalia)へ    
        2018年10月15日(月) 曇りのち時々雨    18.0Km(22.0Km) 29,301歩

     

      La Haba(07:30)- Don Benito(09:05)- Medellín(12:00) = タクシー
                                = Santa Amalia(13:15)

  

 Albergueの前のBarで朝食を食べて村から出発して真っ暗な農道を歩き始めましたが遠くの道路に点灯しているライトの光の列が美しく見えていました。約1時間ほどでドン・ベニート(Don Benito)の市内に入りましたが、ドン・ベニート(Don Benito)については不勉強でしたが思っていたよりも大きな街バンダホス州(Provincia Bandajoz)でもバンダホス(Bandajoz)、メリダ(Merída)に次いで3番目に大きな都市で人口は約3万7千人で街の歴史は比較的大新しく15世紀以降に人口も増加し発展したとの事です。中心部の広場には教会(Igresia de Santiago)は見事な建物でした。同じ広場にある市役所(Ayuntamiento)へ入ってクレデンシャルにスタンプを貰い広場に面したBarでコーヒーを飲んで休みました。

 ドン・ベニート(Don Benito)街を出てRenfeの陸橋を渡ると交通量の多い道路(EX-206)沿いに歩くことになりましたがしばらくると道路に並行した農道を歩けるようになりました。収穫を終えたトウモロコシ畑などの脇を歩いて行くとやがて右手前方の高台に城跡が見えてきました。高台には住宅は無くかなり大きな城壁で有ることが判別出来るようになり2時間ほどでメデジン(Medellín)の街中に着きました。 

 メデジン(Medellín)はグアディアナ河(Rio Guadina)の右岸に位置するローマ時代からの都市で高台にはローマ劇場跡(Teatro Romano de Medellín)が残っており、ローマ時代の要塞であった所を768年にイスラム教徒がメデジン城(Castillo de Medellín)を建設したとの事です。市役所(Ayutamiento)前のエルナンコルテス広場(Plaza Hernán Cortés) に面したBarで休んでいるとの先ほどから怪しかった雲行きも次第に雨になってしまいました。明日はサン・ペドロ・デ・メリダ(San Pedro de Merída)までは行きたいと考えていましたので今日はサンタ・アマリア(Santa Amalia)まで歩く予定でしたが降ってきた雨足に意欲をそがれタクシーでサンタ・アマリア(Santa Amalia)まで行くことになりました。タクシーでグアディアナ河(Rio Guadina)に架かる石橋(Puente Medieval)を渡り約10分程度でサンタ・アマリア(Santa Amalia)へ着きました。この街にはAlbergueは無いので広場に面したHostalに泊まりました。

 宿泊先: Hostal Fuente de Magdalena

 

   *この行程の注意事項、コメント  

① ドン・ベニート(Don Benito)から メデジン(Medellín)はRenfeの陸橋を渡ると直ぐ左手に農道へ入る標識があります。道路(EX-206)は非常に交通量も多く危険です。

② この区間のドン・ベニート(Don Benito),メデジン(Medellín)及びサンタ・アマリア(Santa Amalia)にはAlbergueはありません。Hostal又はCasa Rural等に宿泊することになります。


Santa Amalia 1 Santa Amalia 2
     早朝の巡礼路を歩く ドン・ベニート(Don Benito)の広場
Santa Amalia 3 Santa Amalia 4
ドン・ベニート(Don Benito)市内   道路(EX-206)脇の農道  
Santa Amalia 5 Santa Amalia 6
   メデジン城とローマ劇場跡   エルナンコルテス広場  
 


   3.10 サンタ・アマリア(Santa Amalia)から
                   サン・ペドロ・デ・メリダ(San Pedro de Mérida)
へ    
        2018年10月16日(火)  晴れ      19.0Km     35,091歩

     

     Santa Amalia(08:10)- 道路(N430)(09:30)- Torrefresnada(10:25)-
                                San Pedro de Merida(13:25)

  

 昨日にサンタ・アマリア(Santa Amalia)まで来ているので今日の目的地サン・ペドロ・デ・メリダ(San Pedro de Mérída)まで約19kmなので気持ちも楽にややゆっくり起きました。Hostalの広場横のBarで朝食を食べて道路(N430)の方へ向かおうとするとBarの人が巡礼路は川沿いの道だと教えてくれました。道路(N430)沿いは 交通量もかなり多く危険です。

 街から暫く歩いて川(Rio Búrdalo)沿いの農道に入ると鳥の鳴き声も多く、静かな気分の良い道を歩くことが出来ました。1時間ほどで道路(N430)に出て歩道の無い路肩を歩き始めるとトラック等がスピードを出してすれ違い怖いほどです。なんとか約1時間我慢して歩くと無事にトレフレスネダ(Torrefresnada)の村へ入ってほっと一息つきました。広場にある役場(Ayuntamiento)でスタンプを貰ってBarで暫く休みました。

 ここからは道路(N430)が高速道路(A5)へ合流して高速道路沿いの一般道道を歩きます。やや高速道路の騒音が気になる舗装道路ですが交通量は少ないので助かります。この道はやや長く一旦高速道路の陸橋を渡って反対側に変わりましたが次第に気温も上がって歩きにくい道でした。 高速道路の反対側に家並みが見えてきて再び高速道路の下をくぐり抜けてサン・ペドロ・デ・メリダ(San Pedro de Mérida)の村へやや登ります。小さな広場の役場(Ayuntamiento)でAlbergueの鍵を借りて一旦荷物を置いて食事に出掛けました。 

 サン・ペドロ・デ・メリダ(San Pedro de Mérida)は現在人口約860人程度の小規模な村でメリダ(Mérida)から20Km程であるため通勤圏になっていますが、村内には711年にスペインへムーア人が侵攻した時まであったVisigothic様式の大聖堂の跡が残されています。Visigothic様式は415年にイベリア半島へ入り711年に滅びるまで建築、工芸品等の芸術面で大きな発展があったとの事です。

 Albergueからやや坂を降りて道路(N430)脇へ行くと高速道路の(A5)の出入り口になっているためかHostalやレストランが数軒並び多くのトラック等が集まっていました。Albergueはベット数は多いですがマットが無い箇所もあり8名程度の収容数ですが最後の夜も我々3人で静かに過ごす事が出来ました。

 宿泊先: Albergue  Municipal

 

   *この行程の注意事項、コメント  

① 道路(N430)へ出てトレフレスネダ(Torrefresnada)までの約4kmは歩道の無い車道脇を歩くことになり、交通量も多いので注意が必要です。

② サン・ペドロ・デ・メリダ(San Pedro de Mérida)には公営(Municipal)のAlbergueがありますがベットとシャワー程度の設備です。(役場でカギを借用する。)道路(N430)沿いにはレストランが数件ありHostalを併設しています。 途中にはトレフレスネダ(Torrefresnada)にBarがあります。


San Pedro de Merida 1 San Pedro de Merida 2
    Rio Búrdalo沿いの道     道路(N430)の分岐 
San Pedro de Merida 3 San Pedro de Merida 4
    トレフレスネダ      高速道路(A5)脇の道
San Pedro de Merida 5 San Pedro de Merida 6
  サン・ペドロ・デ・メリダの役場     Albergue(裏手の部屋)
 


   3.11 サン・ペドロ・デ・メリダ(San Pedro de Mérida)からメリダ(Mérida)へ    
        2018年10月17日(水)  晴れ      16.0Km     

     

     San Pedro de Mérida(08:30)- Turjillanos(10:30)- Mérida(12:30)

  

 いよいよ最終日になりましたが今日も良い天気の様でBarへ行って朝食を食べてAlbergueへ戻り出発の用意をして道路へ出ると朝日が朝靄の中に綺麗登ってきました。巡礼路は高速道路に沿った街路樹のある見通しの良い農道から歩き始めましたが何人もの村の人が散歩に歩いているののに出会いました。

 やや高台にある見通しの良い道でしたのでトルヒジャノス(Turjillanos)まで約2時間でしたが快適に歩けました。 トルヒジャノス(Turjillanos)は高速道路(A5)沿いの村で人口約1,400人ですからサン・ペドロ・デ・メリダ(San Pedro de Mérida)よりも村の住宅がも多くBarもありましたので早かったのですが休憩をしました。村を出ると高速道路(A5)を渡って非舗装の農道(の道になりました。オリーブ畑を超えて牧場などを見ながら3人で快適にメリダ(Mérida)へ向かいましたが前方には(Mérida)の市内のビルも見え始めていよいよ目的地へ到着する気分も高まって来ました。

 街へ着き道路(N630)のアンティグア聖母教会(Igresia de la Antigua)のある公園の交差点からフアン・カルロス一世通り(Av. Juan Carlos Ⅰ)を歩き賑やかな市内へ入るとグランドのようなローマ円形劇場(Circo Romano de Mérida) や水道橋(Acueducto)などの有数なローマ時代の遺跡が見られてさすがに歴史的な街並みを感じます。

 メリダ(Mérida)はグアディアナ河(Rio Guadiana)左岸にあり紀元前25年にこの川を守るために建設されました。この都市は当時のルシタニア地方の首都になりローマ帝国で重要な都市であった事から円形劇場(Teatro Romano de Mérida)や円形闘技場(Anfiteatro de Mérida)等スペイン国内で重要な遺跡が残っており世界遺産に登録されています。また、銀の道(Via de la Plata)のによる交易の中間地点としても発展しました。713年にイスラムに征服されましたが1230年にはアルフォンソ9世によって奪還されてメリダの回復期が始まりました。現在はエクストレマデューラ州(Extremadura)の首都で人口約5万8千人が暮らしています。

 市内の中心部にある旅行案内所(Informacion de Turismo)に立ち寄ってグアディアナ河に架かるローマ橋(Puente Romano)で今回の巡礼も達成です。Via de la Plata(銀の道)を歩いた際にこのローマ橋(Puente Romano)を渡って市内へ入った思い出の橋でもあります。ローマ橋から川沿いに500m程度歩いた所にAlbergueがあり荷物を下ろしてレストランへ行き皆で無事の達成を祝して乾杯したことは言うまでも有りません。友人のMikelはこれからサンティアゴ(Santiago de Compostela)までVia de la Plata(銀の道)を歩くのでこれからの距離の方が長いので皆で健闘を祈りました。

 宿泊先: Albergue  Municipal

 

   *この行程の注意事項、コメント  

① トルヒジャノス(Turjillanos)から非舗装の道でメリダ(Mérida)の市内まで歩けます。市内へ入ると標識などは見られませんでした。旅行案内所(Informacion de Turismo)でクレデンシャルのスタンプや市内の地図などを貰えます。

② トルヒジャノス(Turjillanos)の村ではBarがあり朝食を取ることが出来ます。


Merida 1 Merida 2
    朝の街路樹沿いの道      高速道路(A5)脇を歩く 
Merida 3 Merida 4
   トルヒジャノスの役場      メリダへ向けて最後の道
Merida 5 Merida 6
     メリダ市内の水道橋      メリダの街中(旅行案内書前)
Merida 7 Merida 8
   グアディアナ河のローマ橋       メリダのAlbergue
 
                                           以上
                                          
                                            TOPへ

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